はねよら様より2

All Fiction の はねよらさんより、素敵なSSを頂きました!
Vegetable Party!!でエアSSにリクエストさせてもらい、そのとき書いてくださったSSです

『ザクさんがいるお部屋で(もしくは時々いない)いちゃいちゃするホアクレ』
というテーマでおひとつお願いしました

大人表現ありです一応ワンクッション(Rがついても全然おっけーです言うて書いてもらった!^^
自己責任で ですけどぜひお読みください~~!






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なつの月、29日の過ごし方


ざざ、と揺れる波とともに、夏の終わりのじっとりとした空気が体にまとわりついた。
がたん、と空っぽの木箱を船着き場に降ろして振り返る。
「これで全部ある」
「おう、じゃあ今夜の便で持ってってもらうか」
大小合わせて10箱、積み上げた廃棄予定の木箱たちを横目でちらりと見て、ため息をひとつ吐いた。
「小屋が浸水するとは…、たまげたね」
「ホントになぁ…困ったもんだ。宿屋に泊まっといて正解だったぜ」
昨日の台風は確かにすごかった。在庫管理用の箱を全て新調しなければならないので恨み言のひとつも言いたくはなるが、相手が自然災害ならばどうしようもない。
木箱に船荷用のシールを貼り付けながら、ザクさんが「家具の買い替えが面倒だ」と愚痴るように零す。冷蔵庫もキッチンの一部も海水で濡れてしまったようで、修理できないものはまるっとすべて買い替えるらしい。かわいそうに。あとでカタログでも渡しておこうと思う。ちょうどいい粗利のものがいくつか手元に残っている。
将来海辺に家を持つ予定は今のところないけれど、もし今後クレアさんが海の別荘が欲しいと言い出したらあらゆるリスクについて話し合いをした方がよさそうだ。
海水をたっぷり吸い込んでしまった木箱を見て、中身を空っぽにしておいて助かった、と心から思う。在庫もちょうど上手い具合に捌けていたし、流通が止まることを考慮して台風通過後に一気に商品を補充すれば良いかと、発注のタイミングをずらしていたのが今回ばかりは功を奏した。これで在庫を大量に抱えていたら、木箱ごと海水に晒されて全て無駄にしてしまうところだった。
真夏じゃなかったのもよかった。秋が近くだいぶ涼しくなってきたおかげで、運び出すのに汗をかかずに済んだ。損失はそこそこあるけれど、太刀打ちできない現象に憤っても仕方ない。
「……」
船着き場から小屋を見てみると、入り口のウッドデッキ部分の被害が一番ひどいように思う。
「ひでえよな、デッキ。いつもの倍くらいの高波だったみてえでよ」
波で流れ着いたゴミなどはザクさんが朝ほとんど片付けたようだけど、海水を叩きつけられたウッドデッキはくすんだ色に変わり、あちこち毳立っていくつも鋭いささくれができてしまっていた。
「これ、そのうち怪我人出るね」
「釘は錆びちまって出てきてるし、床材も反っちまったし、やっぱ危ねえよなあ。ゴッツさんとこで改築してもらうか」
ふたりで今日幾度目かのため息を吐く。
ドアを開けて小屋の中に戻ると、ずっと換気しているにも関わらずまだ湿った匂いがした。日当たりのいい床部分はさすがに乾いたけれど、日陰になっている壁際などはまだじめじめと水を含んでいるようだ。
わたしがこの町に来てから数年、ここまで大きな高波にあったことはないし、この小屋が改築された覚えもない。建物自体だいぶ年季が入っているとはいえ、船着き場を使う旅行客も少なくないわけだし、さすがにこのままにしておくわけにもいかない。
「出費が痛えし面倒だな…」
「たまに来る養鶏家の娘さん、怪我させたら大変ね」
「それは良くない!間接的にリリアさんを悲しませる!とっとと改築だ改築!」
「単純ね~」
からかうように目を細めて鼻で笑うと、ザクさんの眉毛がぴくりと動いた。
「それにあれだ、クレアも来るしな」
「……見積もり持てきたら10%払ってもいいよ」
「少ねえ」
「当たり前ね、ここザクさんの家よ」
「オレんちだけど!ホアンさんの店でもあるだろうが」
「みかん箱の面積ぶんしか使ってないね」
「在庫も置いてるだろ」
「今ちょうど空っぽある」
「くっ…まあいいけどよ、払ってくれんなら10%でも」
いつも通りの軽口を叩きながら、唯一戸棚の上に避難させておいたみかん箱を降ろす。
発注伝票を取り出してバインダーに挟み、見込める売り上げを計算しながら多めの数を記入した。木箱も買わなければなので出費は痛いが、それでももう秋は目の前。季節の変わり目に売れそうな商品は十分に確保しておかなければ。
『いたっ!え、釘……?』
小屋の外から聞き覚えのある声が聞こえて、視線を上げた。
ザクさんと顔を見合わせる。
バインダーを置いて玄関に視線を向けると、ザクさんがドアを開けてくれた。ぎい、と金属の摩耗する音とともに空いた扉、その目の前には声の主がしゃがみ込んでいる。
「なんだ、クレアか」
「ザクさん!こんにちは!」
クレアさんはぱっと顔を上げて立ち上がり、何事もなかったかのように笑顔で小屋に入ってきた。
「釘、掠ったあるか?」
「大丈夫です、ちょっとかすっただけなので」
「あちゃー、血ィ出てんな」
その足下、むき出しのくるぶしに小さな切り傷が出来ていた。血が少し滲んでいる程度のほんの僅かな傷。それを見たザクさんがしょぼくれた顔でこちらに視線を寄越したので、頷いてくるりと振り返る。確か戸棚に救急箱があったはず、と目を滑らすと、それらしいものが中段に置いてあった。手に取ると、見た目に反してずいぶんと軽い。
「この救急箱、補充したのだいぶ前ね?」
「全然使わねえからなあ」
嫌な予感がする。そっと開けてみるとやはり、中身はほとんど空っぽだった。箱は頑丈でしっかりとした作りなのに、中身がこうもすっかすかなのは拍子抜けだ。
消毒液のボトルを振ってみるとちゃぷちゃぷと小さく音がする。重さ的にはほぼ空も同然で、1回分残っているかどうかというほど。あとは絆創膏が1枚と、申し訳程度にガーゼの切れ端が残っているだけ。
「よくて1回分ね」
「ん~、ドクターんとこ行ってもらってくるか」
「領収書もらてきたら折半してもいいある」
「これは折半すんのか」
「気分ね」
「気分かよ」
箱はキッチンに置いて、消毒液と絆創膏を取り出す。
クレアさんは状況が飲み込めないのか気まずそうな顔をして、入り口近くに突っ立っていた。
「あの、ほんとに大丈夫です、もう痛くないですし」
「つっても錆びた釘だからな、ちゃんとしとかねえと後が怖えぞ」
ザクさんの言うとおり、錆びた金属を侮ってはいけない。小さな傷でも下手すると破傷風になる。クレアさん自身、農具を扱う身なのでその辺りは理解しているはず。ザクさんの言葉に次いでその通りだと頷いてみせると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「クレア、自分でできるか?まあホアンさんにしてもらってもいいけどよ」
「え!?そ、…ほんと大したことない傷ですから!自分でできます!」
「はは、からかってるわけじゃねえって。じゃオレ、ゴッツさんとこ行って改築の依頼してくるわ。ついでにドクターんとこも寄るけど…おいホアンさん、分かってんだろうな」
じとりとした目でこちらを見るザクさんにはハイハイと適当に答えて、さっさと行くよろし、と手を振った。"分かってんだろうな"はおそらく人の家でイチャつくな、ということ。それはもうよーく分かっている。分かっているけど、やらないとは言ってない。
絶対分かってねえとか何とか、ぶつくさ言いながらザクさんは出かけていった。分かってるね失敬な。
ぱたりと閉じられたドアを横目に、クレアさんはわたしを見つめてきょとんと聞いてくる。
「改築?」
「昨日の台風ね。高波でひどいことなったある。ほとんど乾いたけど、床まるごと水浸しね。ウッドデッキもあちこちボロボロよ」
「なるほど!それであんなに釘がいっぱい出てたんですね」
ぽん、と手を叩いて納得する様を見て、こういう仕草も可愛いと思った。
「それより消毒ね」
「あ、はい。消毒液もらってもいいですか?」
手に持っていた中身のほとんどないボトルを渡そうとして、ふと小屋を見渡す。座れる場所がない。普段椅子代わりにしているような座れるサイズの木箱は処分のために運び出してしまったし、乾いたとはいえ海水で痛んだ床材の上に座らせるのはなんとなく抵抗がある。唯一座れるのはザクさんのベッドくらいだが、大事な奥さんを他の男のベッドの上に座らせるのは嫌だ。
となると、まあこれしかないね、と床を見下ろして、どすん、とみかん箱の前にあぐらをかいて座り込んだ。
「クレアさん、ここ」
「?」
「わたしの上、座るね」
座り込んだ自分の足をちょんちょん、と指差して催促する。恥ずかしがられそうな気もするけど、そしたらまあなんとか説得すればいいだけの話だ。床に直座りされるよりはよっぽどいい。
「傷、早くしないと良くないよ」
笑顔を作って、おいで、と一言付け足した。クレアさんは顔をほんのりと染めて、おずおずとリュックを降ろしてわたしの方へ寄ってくる。もっと恥ずかしがると思ったけれど意外に素直だった。
「…じゃあ、その、しつれいします」
そのまま、彼女はわたしの上にちょこんと横座りになる。
てっきり背を向けられて座られると思っていたので、顔が見えるのは嬉しい誤算。身長差が大きいわけではないから、こうして股座の上に座られるとクレアさんはわたしを見下ろす形になる。
恥ずかしそうな表情を見続けていたいけれど、たぶんここで頬の赤さをからかうと怒って降りてしまいそうな気がする。せっかく素直に座ってくれたこの機会をみすみす逃すのは惜しい。
視線を移した。細い足首、傷は靴下のすぐ上に出来ている。
「そんなに深い傷じゃなさそうね」
「絆創膏ひとつで大丈夫そうです、ほんとに掠っただけなので」
「よかったある」
大袈裟に受け取られないようぽつりと呟くのみにして、怪我の処置を見守った。
クレアさんは過剰に心配されることをあまり好まない。そのくせ他人が怪我をしたり危ない目に遭うとこちらがたじろぐほど心配してくるので、強がりさんかつお人好しさんだと思う。
細くて白い指先が慣れた手つきで消毒を済ませ、絆創膏で傷を覆っていく。付着した錆び汚れと固まった僅かな血を拭き取ってみるとクレアさんの言うとおり、本当に小さな傷だった。
「せっかく渡せると思ったのになあ」
「ザクさん案外大雑把ね。明日渡しても喜んでくれるよ、どうせ」
「…ホアンさんって結構ザクさんの扱い雑ですよね」
「持ちつ持たれつ、でもないか…、…腐れ縁…?まあ、悪友ね」
だからなにも今日じゃなくても、と言うと、クレアさんはむっと唇を尖らせた。
「でもせっかくなら当日に渡したいじゃないですか」
「なら大人しく待つしかないね」
おそらくザクさんのことなので、今日が29日であることも彼の誕生日であることも、すっかり忘れていそうな気がする。それでもクレアさんが当日に祝いたいというなら、わたしはそれに従うまで。
木こりの小屋と病院に寄ってここに戻ってくるとしたら、ザクさんの足でもかなり時間がかかる。クレアさんは時間を気にしていない様子なので、ここに来るまでにきちんと仕事を片付けてきたようだ。さすがプロ。抜かりない。そう思いながら、遠慮なくわたしの上に座るその腰に手を回した。
「ホアンさん?」
「ん?」
こうして密着してみるとよく分かる。部屋にうっすら充満する潮風の匂いとは全く違う、クレアさんの甘い香りとぬくもり、信頼しきった重み。それらを腕できゅっと包むと、体がじんわり熱をもった。
「その、そろそろ降りようと思うんですけど」
「うん」
「この手は?」
こちらを見下ろす瞳に戸惑いが滲む。問いに返すように、回した手に少しだけ力を込めた。
「…わたしの上から降りたらクレアさん、お客さんね」
「え、買い物してねってことですか」
「そりゃそうね。ここわたしの店、客は買い物する、違うか?」
今ちょうど在庫が空っぽなので、実のところ商品はなにもないけれど。ここから降りてもいいことはない、と言わんばかりにいつもの営業スマイルを貼り付けた。
「じゃあここから降りなかったら?」
「お客さんじゃなくて、わたしの奥さんね」
しれっと言うと、クレアさんの表情がへにゃりと崩れる。かと思うといきなり頭をぶんぶん振って、眉根をきゅっと寄せてきりっとした表情に切り替わった。奥さんだと言われて嬉しかったけど、すぐ顔が緩んじゃうのが悔しい、とでも言うような動き。表情だけでなく行動も実に雄弁だと思う。腰に回していた片手でそっとその頬を包んでやわやわと揉んだ。
「でも、こんな格好してたらザクさんに見られちゃうじゃないですか」
「戻てきたら気配で分かるね」
「…ほんと?」
あーかわいい。わたしが仕掛けたことだけど、それに乗じて素直に甘えてくる彼女が愛おしい。この素直さを愛でたい。愛でたいけど、同時に同じくらい恥ずかしがる様も見たい。
なんとも欲張りなパートナーを持ってしまって、苦労するね、クレアさん。
「ほんとね」
「…じゃあ、もうちょっとだけ。ホアンさんのこと見下ろすのってなんだか新鮮です」
「ふふ、そうね」
「えへへ」
わたしを見下ろすクレアさんの髪が、カーテンみたいに靡くのがひどく神秘的に見えた。
またその表情がふにゃりと崩れ、首に手を回してきゅ、と抱きついてくる。彼女はそのままわたしの耳元に口を寄せて何かを言いかけ、恥ずかしかったのか一旦顔を引いた。
「うん?どしたね」
「…ホアンさんの匂い、落ち着きます」
眠くなってきちゃいました、と零す声がとろりと滲んできている。
「ザクさん戻てくるまで寝てもいいよ」
「ん~~、起きてたいです、できれば」
昨日はザクさんにプレゼントを用意したい、とずいぶん遅くまで夜更かしをしていたようだし、ちょうど今は午後ののんびりとした時間帯、そして夏から秋に移行する過ごしやすいこの気温。眠くなって当然だ。
「…じゃあ、目がさめる遊びでもするか?」
「遊び?」
きょとん、と淡い色の瞳がこちらを見返してくる。
おそらくカードゲームかりんごゲームを連想しているのだろうが、あいにくゲーム用のリンゴも今は切らしている。カードは持っているけど棚の上だ。わざわざカードを取りに行くためにクレアさんを降ろしたら、たぶんもう膝の上には乗ってくれない。となれば、物を使わない遊びをすればいいだけの話。
ふむ、と一瞬考える素振りを見せて、すぐに笑顔を作ってひとつ提案した。
「簡単ね。鬼ごっこするある」
「鬼ごっこ」
「そう。わたしの右手、村を襲う悪い鬼ね。クレアさんは村、守る役」
「ふふ、ホアンさんの手が鬼なの?」
今考えたにしては、少しくらい遊べそうな内容だと思う。わたしが。
クレアさんが楽しめる遊びかと言われれば、そうでもないかもしれない。ただ彼女の目が醒めるような、それでいてこの状況をわたしが満喫できるような、そういうものではある。
「クレアさんは10分間、鬼の攻撃しのげたら勝ちね」
「防戦ってわけですね」
「もちろん鬼に反撃してもいいよ」
「…あれ?でもこれ、鬼側が有利じゃないですか?」
「そんなことないよ。鬼は攻撃ばっかり、防御できないね」
「はっ!た、たしかに…っ」
ちょろい。これはむしろ心配が勝るちょろさ。この人大丈夫ねほんとに。
私の方が有利ですね、と得意げな顔を見せてくるのも可愛いが、ぜんぜん有利じゃない。眠さもあって頭が働いてないのがよくわかる。
どう攻撃するかは敢えて説明していないので、これからすることはつまり"そういうこと"なのだけれど、おそらく彼女の頭には思い浮かんでいない。クレアさんに攻撃する隙を与えなければ、ほぼわたしが一人勝ちできるゲームだというのに。
「じゃ、タイマーかけるね」
とはいえ、やってみないことには始まらない。
スマホをすい、と指でなぞり、10分セットする。画面をクレアさんにも見せて、こくりと頷いたのを確認してからスタートボタンをタップした。
楽しいゲームのはじまりね。
「いざ勝負です!」
クレアさんはきりっとした顔でわたしの手をじっと見て、なにをされるのかと警戒している。
警戒されている時は不意打ちが効果的。左手でクレアさんの腰を抱き、右手は視線を誘導すべく、意味も無くクレアさんの目の前でひらひらと動かした。
彼女がその右手に注視しようと前のめりになると、ちょうどわたしの目の前にその美味しそうな首が来る。これを待っていた。
腰に回した手に力を入れて抱き寄せ、かぷり、とその白い首筋に横からかぶりつく。
「?!」
その一瞬で肩が面白いほど跳ねた。歯形を付けない程度に軽く食んでみると、その肌がふるふると震え始める。撥ね除けられると思ったがどうやら驚いて硬直している様子。まだわたしのターンでいいなら、とそのままそこをべろりと舐めた。
「ひ、…っ」
もういちど薄い皮膚に歯を押し当てると、クレアさんはその硬い感覚にまたびくりと肌を震わせる。軽く吸うと、ぢゅう、と小さく音が鳴った。鎖骨の上を甘噛みする度に吐息に声が交じり、じわりと互いの体温が上がっていく。
「や…ぅ、あっ」
舐めたところにふっと息を吹きかけ、間髪入れずにまた舐める。優しく食んで吸い付き、跡がつかない程度に歯を立てた。まだ、もう少しいじめたい。でも時間は有限だ。
首から口を離すと、クレアさんは顔を真っ赤にしながら、慌てた素振りで首をばっと押さえる。
右手で薄い横腹を撫でた。オーバーオールが唯一カバーしていないむき出しのここは、攻め始めにはちょうどいい。場所も場所だし、きっと脱がしにかかると本気で怒ってしまう。それはすなわち中断を意味してしまうし、下手するとしばらくおあずけを食らってしまいそうだ。脱がせないようにどうにか"攻撃"を続けなくては。
「わ、ちょ、…あ…っ」
「……」
分かりきっていたことだけど、やっぱり服が邪魔だった。脇腹のあたりからオーバーオールの中に手を滑らせ、トップスの上から胸をやわやわと揉んだ。本当はぜんぶ取っ払ってその肌に直に触れたい。衝動に駆られる心をなんとか抑えながら、小屋の外に聞き耳を立てることも忘れない。
職業柄まる一日ずっと動き回ってる彼女はわたしより体力があるけれど、気持ちいいことや快感に耐えるのはとことん苦手で、そういう行為に対するスタミナは全然ないし力もすぐに抜けてしまう。
「あッ、…う」
クレアさんはようやくわたしの作戦に気付いたのか、オーバーオールの隙間から侵入している手をどうにか排除しよう、とわたしの腕を掴みぐいぐいと引っ張って引き離そうとしている。
そうこうしているうちにまた露わになった彼女の弱点、紅く染まった首が目の前でちらちら揺れる。どうぞ触れてくださいと言わんばかりの配置に内心ほくそ笑みながらも、今度は歯を使わずに舌先で、鎖骨から耳の付け根までゆっくりと舐め上げた。
「ふ…っ」
腰を支えていた左手もそろそろ参戦していいのでは、とクレアさんの左耳、その小さな耳たぶを指先でいじる。耳の後ろにやさしく爪を立ててなぞるようにすると、ふるえる吐息に喘ぎが混じった。
なすすべもなく、耳も首も胸もわたし、もとい"鬼"にいじめられる様を見るのはなかなかどうして心地がいい。場所が場所だからと抑えようとして漏れてる声も、肌が紅く染まっていくのも、全てがわたしを楽しませてくれる。
「ん、んっ…」
もとよりわたしの膝の上におさまっている彼女は、首の刺激から逃げようとすると、左耳をいじる手に囲まれてしまう。逆にわたしの身体に寄りかかるようにすれば、今度は服の中に忍ばせた手が動かしやすくなる。逃げ場がなくて可哀想で、それが楽しい。どこからどう見てもわたしの一人勝ちだ。
「ぁ、ま、まって、ホアンさん」
「うん?降参するか?」
「し、…っしな、い、けどっ」
「うん」
「あ…っ、や、ほんとにまって」
ようやく勝てる見込みがないと気付いたのか、クレアさんはわたしの口に両手を添えて塞ぎ、"待った"をかける。
「あの、説得はありですか?」
なるほど。負けたくないから降参しないけどこのままじゃ勝てない、と彼女なりにずいぶん考えたらしい。ここまでかなり有利な状況でずっとわたしのターンだったし、こちとら口で負ける気はないので、喜んで受けて立つ。
「いいよ」
そう答えると、恥ずかしそうな困り顔にぱあっと光が差した。
仕方がないのでオーバーオールからそっと手を引き、左手でいじっていた耳も解放してやる。説得と言いつつ、彼女のことなので「買い物するから勝たせて」とか「仕事を手伝うから」とか、そういう方向で来るだろう。稼ぎを考えればそれもまあ悪くはないけど、どうせなら今夜の夕ご飯をわたしの好物にしてくれるとか、そういうのでもいい。
そんなことをつらつらと考えていると、クレアさんはわたしの右手を掴んで彼女のやわらかな頬へと誘導した。熱くてやわい。温度差が心地よいのか、クレアさんの目が気持ちよさそうに細められる。ふにゅふにゅ、と音にならないその感触を楽しんでいると、うるんだ瞳がわたしを捉える。
「今夜なら、いっぱい、その…してもいいので…、今は、…えと、勝たせてほしいです」
「……」
説得できるものならと高を括っていたが、これは予想外だった。
まさか家でならいっぱい攻撃していい、とくるとは。
「……だめ?」
こういうのも悪くない、と少し前まで冷静だった自分はいつのまにかどこかへ消えた。熱をはらんだ瞳で窺うように言われると、まさしくこの威力は桁違いだ。さながらぶん殴られたような、頭をぶち抜かれたような。そんな感覚に陥る。
いつもそうやって素直に強請ってくればいいのに、たまに不意打ちでこういう仕草と言葉を出されるとどうにも弱い。
「…だめじゃない、ある」
「……えへ」
「はあ、わかったね。降参。わたしの負けね」
やれやれ、とひと息ついてから、嬉しそうに笑うクレアさんの髪を撫でた。そのまま唇にゆったりと口づける。柔らかな腰を抱いたたま、もう少しだけあたたかい彼女の温度を堪能しよう、としばらく密着させ続けた。
「ん」
唇を離すと、ふ、とクレアさんが微かな吐息を零す。その瞳は思ったよりもとろりと溶けていた。吸い込まれそうになりながらも、いたずらの続きはまた今夜、と律してタイマーを止める。残り時間はたったの1分だった。
「…その代わり、説得できるのは今回だけね。次はないね」
「え…ぜったい勝てないじゃないですか」
クレアさんの頬がぷくりと膨らんだ。
ざり、と砂浜を蹴り上げる音が微かに聞こえる。音の間隔が広い。背の高い男の歩幅だとすぐに分かった。
ザクさんか。思たよりも早く帰ってきたね。
「次は鬼ゆずってもいいよ」
「それなら勝てそう…!」
ちょろい。どちらにしろ説得以外でクレアさんがこのゲームで勝つのは不可能だと思うけれど、身をもって知るまで野暮なことは言わずにおく。もちろんザクさんの帰宅も。
「うん、じゃあまた今度遊ぼうね」
「はあい」
改めて膝上の奥さんをぎゅっと抱き締めると、クレアさんは擽ったそうに笑ってわたしの首に手を回し、同じようにきゅっと抱き締め返してくれた。彼女のそういう行為がすべて愛にあふれていて、それをたまらなく愛おしく思うわたし自身もまた、彼女への愛であふれている。ふたつ分の鼓動が服だけを介して重なっている。どちらも大きくて、どちらも早い。甘ったるく情けない、過去の自分が見たら確実に呆れるだろうこんな戯れも、今は楽しくて仕方がない。
がちゃりと勢いよくドアが開けられて、同時に声がかけられる。
「やっぱり!おいこら!ここオレんちだぞ!」
「うわああ!ザクさん!!」
悲鳴に近い慌てた声とともにぐっと胸元が押されて、クレアさんがばたばたしながらわたしの膝から降りる。そのままわたしの隣に正座で座り、なにかあったと言わんばかりの真っ赤な顔でなにもなかったふりをする。
顔から耳までリンゴみたいに染め上げて忙しなく視線を泳がせている様に、ああこういう顔も見たかったと思いながら、平然とザクさんに話しかけた。
「意外と早く済んだね」
「広場でゴッツさんと鉢合わせてよ。山小屋まで行く手間が省けたからその場で打ち合わせして、ドクターんとこだけ寄ってきた」
「改築は?」
「明日からやってくれるってよ、これ見積もり」
ぺらりと差し出された紙切れは小さなメモ用紙だった。広場で話して決めたのだから書式は問うまいが、それでもきちんと施工内容は記載されている。
「安…相変わらず破格ね」
「そう言うなら金出してくれてもいいんだぞ」
「10%ね、約束通りある」
「ケチかよ~」
ザクさんの小言は流して、そういえば、と隣に座り込んだクレアさんに視線を向ける。
「クレアさん、ザクさんに用事ね?」
「あ!そうでした!」
クレアさんは慌てて立ち上がり、放置していたリュックの中身をごそごそと漁り出した。思いっきり自分本位な時間の潰し方をしてしまったけれど、今日の本来の目的を忘れるわけにはいかない。せっかくクレアさんが昨日頑張って作ったものだし、当日直接渡したいと言っていたのも彼女だ。
「え?オレ?…ホアンさんとイチャつきに来たんじゃなかったのか」
「ちち違いますそんな!ぜんぜんいちゃついてなんかないです!」
「ふーん。この年になると現実が嘘ついても驚かねえなぁ」
「あはは、ザクさん面白いね」
「ホアンさんはもう少し自重ってもんを覚えてくれ」
きれいにラッピングされた箱を取り出したクレアさんは、「おめでとうございます!」と言いながらザクさんにそれを手渡した。
「え?」
「お誕生日ですよね?」
「あ……?……ハッ!今日29日か?!」
やっぱりね。
忘れてるだろうと思った通り。仕方がないことだけど、そこそこ年齢のいった独り身の男性なんてそんなもんだ。年を重ねるごとに自分の誕生日の存在がどんどん軽くなる。わたしも去年まではそうだった。今年からは祝ってくれるひとが出来たので、きっとこれまでとは違う過ごし方になりそうだけど。
「手作りなんですけど、結構うまくできたので…よかったら」
ザクさんは「開けて良いか」と断り、クレアさんは「もちろんです」と頷いて笑った。リボンが解かれ、箱から出てきたのは液体が入った小ぶりの瓶。
「かなりつかれとーるです!小分けにしてみました」
昨日の夜、ああでもないこうでもないとレシピとにらめっこしながら作っていたものはきちんと形になり、目標通りザクさんの手元にある。
レシピを見せてもらったわけではないので詳しくは分からないが、かなりつかれとーるを作る前につかれとーるを作る必要があったらしい。そしてつかれとーるの原料に必要な"白い草"はザクさんの嫌いなものなので、どうにかその味が出ないようにハチミツで味を調節したい、と長時間にわたり試行錯誤しながら作っていた。
「おいおい…ホアンさんよ、できる奥さん持てて幸せだなアンタ…」
「まあね」
「ドヤ顔やめろ!……ありがとな、クレア!」
ザクさんの礼に、クレアさんは嬉しそうに頷いた。
「わたしからもあるね」
「え!おい、いいのかよ」
隠しておいた高級ワインを取り出してみかん箱の上に置く。ラッピングは袋のサイズが無かったので、クレアさんに選んでもらったリボンだけを巻いたそれは、ザクさんが一度でいいから高級なやつを飲んでみたいと前々から嘆いていた銘柄のもの。
「ザクさんにはいつもお世話になってるので…、ふたりでプレゼント用意しようって前々から決めてたんです」
「いつも謝謝ね、ザクさん」
「お、おまえら…!」
ザクさんは嬉しそうにわなわなと震え、すう、と息を吸い込んで、半分泣きながら大声で言った。
「うれしい!うれしいけどオレんちでイチャつくな!」




「それとこれとは話が別ね」
「家で好きなだけやってくれ!」
「ここが二つ目の家みたいなもんある」
「オレもう泣きそう」
「ふたりとも仲良しですよねえ」
「味方はいねえのかここには?!」


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ホアンさんが好きな人はぜったいザクさんも好き(断言
ザクさんとホアンさんと牧場主と3人でずっとわちゃわちゃしててほしーーの欲でお願いしたんです~!
希望が叶ったうえにホアクレもたっぷり堪能できちゃうss、いやssというレベルではないボリューム!
これリクエストで書いてもらっちゃってしかもいただいちゃっていいのか…!?と一瞬迷いましたが
はねよらさんがいいよと言ってくれてるのでお言葉に甘えて飾ります!どうだいいだろう!^^

小説はとくに読み手によって感じ方が変わるのでここで感想を多くは語れないのですが、、
ザクさんとホアンさんのお互いを知ったうえで雑に扱うところとても好き!!と思いました^^^^

はねよらさん書いていただきありがとうございました!大切にします!
(個人的にボツになったというホアサラver.も読んでみたかったです!笑)

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2023/03/07 up
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