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溶けるほど甘い/サラ

まだ指で数えられる回数目、
とある冬感謝祭の日のお話、サラ視点。







「今回はつくる時間がなかたからね、はいサラさん」


そういってホアンさんが手渡してくれたのは少し前にテレビで紹介していた流行りのギフト。
ミネラルタウンでは、男女問わず相手に感謝を伝えるためにその日に贈るとされている定番のお菓子―そう、チョコレートだ。
昨年の春には家のキッチンでオランジェットを作ってくれたけれど、今年の冬は出張と重なりホアンさんはそれどころではなかった。
だからモチロンねだったわけではない。正真正銘、ホアンさんが私のためにわざわざ出先で用意してくれたものだ。私のために。
その事実だけでも嬉しくて嬉しくて、顔が自然と緩んでしまう。


「ありがとうございます!一緒にテレビで見たの、覚えててくれたんですか」
「こういうのが好きだて、言ってたね?有名なメーカーだたから、駅でも売っててよかったある」


帰ったばかりのホアンさんが手を洗ったり荷をほどいたりする後を、受け取った菓子箱を眺めながらついていく。
おまけについていたチョコレートの紹介カードをついつい読みあげていると、ホアンさんがふふ、と笑って私の頭を撫でた。
はしゃぎすぎてしまった、と我に返り照れていると、ホアンさんが食器棚を探りながら「それ」と言った。


「すぐ食べないなら冷蔵庫しまうといいね。溶けやすくて、あと日持ちもあまりしないみたいある」
「そうなんですか…せっかくだし、ひとつ食べてみようかな」


包み紙をとって箱を開けると、中にはココアパウダ―をまとった丸いチョコが、丁寧に一つずつ区切られて並んでいた。
芳醇なカカオの香りにわくわくしながら、ひとつつまんで口に入れると、口の中であっという間に溶けていく。
ブランデーの風味も上品ながらしっかりと感じて、すごく美味しい。これはお世辞じゃなくって、本当にだ。
ホアンさんにも共感してもらいたくて、味の感想よりも先に箱をずいっとホアンさんの前に差し出した。


「食べてみてください!!すごく美味しいですよコレ!」
「サラさんの口に合ってよかたある。わたしはいいよ、サラさん食べるよろし」


さほど食に興味のないらしいホアンさんは、帰ってきたばかりですぐ甘い物はちょっとね、とでもいうように手を振った。
無理強いするのはよくないけれど、この感動を一緒に知ってほしい欲が勝ってついつい食い下がる。
私は勝手にホアンさんの分ですよとひとつつまんで、口元まで差し出した。


「ほら、溶けちゃいますよ。こんなに美味しいもの食べないなんて、もったいないです」


ホアンさんはつままれたチョコをしばらく見つめてにこっと笑った。あれ、この感じは。


「なるほど。たしかにわたしの分だとつまんでしまたら今すぐ食べないといけないね」


にこっの笑みに既視感を覚えて、それは何かと思い出せばホアンさんが何か仕掛けようとしている合図。
気づいたときには手遅れで、ホアンさんは私ごとチョコを引き寄せていた。


「ん」
「っあ、」


チョコはホアンさんの口の中に入ったけれど、指先もしっかりホアンさんの唇に触れている。
思わず手を引っ込めようとしたけれど、いつの間にか添えられた手に阻まれる。というかもうこの距離では。

(み、身動きできない…!)

チョコの味を楽しんでいる…ようにはけして見えなかった。サングラス越しでもわかる、私をじっと見つめる眼差し。
飲み込んだ様子を喉のうごきで知って、これで終わりかと思ったらホアンさんの舌がぺろっと私の指先をなめた。


「ああ、こっちの指にもついてるね。『もったいない』ね?」
「っ、…っ!」


人差し指、親指と、チョコをつまんでいた所をそれぞれやさしく舐められて。身体の内側がそわついてしまう。


「うん、なかなか美味しかたよ。コレを選んで正解だたね」
「あ…」


解放されてホアンさんもいつもの調子にもどっても、私はホアンさんの横で、カップにコーヒーを注ぐ様子を見ながら行き場もなくもじもじとしていた。


「ホアンさん…あの、」
「そうそうサラさん、このチョコ、2種類あるの知ってたね?さっき食べたのがビターで、色の明るい方がより甘いらしいある」


そういうとホアンさんは先ほどとは違う種類のチョコをひとつつまんで、先ほどと同じように私の前に差し出した。


「サラさんの分ね。―ほら、はやく食べないと溶けるよ」


わたしはホアンさんよりも時間をかけてチョコを見つめてから、意を決してそばへ寄る。そしてされたことを真似てみると―
ホアンさんはきょとんとしていた。


「えっえっその顔なんですか!?」
「いや…」


珍しく口ごもったかと思えば信じられない言葉が返ってきた。


「ただ違う味もと勧めただけだたある。思わぬおまけがついてたから驚いたね」
「!!!」


そんなの嘘だ、だって今のはずるい、そういう流れだったもの。…なんてこと恥ずかしい!

あっははと笑うホアンさんをぽかぽかと叩いていたら「わかったわかった、」とホアンさんが慰めるようなことをいう。
恥ずかしさを紛らわせるために怒ったふりをした。そうでもしていないともう、顔から火が出そうだった。


「なにがわかったっていうんですか!!」
「んー?こういうのも好きね、サラさん」


そういって私の手をとると、またまたにこっとホアンさんは笑った。




2023/02/14 up
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