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溶けるほど甘い/ホアンさん

まだ指で数えられる回数目、
とある冬感謝祭の日のお話、ホアンさん視点。





出張から帰ってきて最愛の人が出迎えてくれるこの瞬間。
これを知ってしまえばもう独り身には戻れないね、と思うくらい幸福な時間だ。
だからわたしの独身時代を知る者が奥さん贔屓しすぎではないかと指摘してきたとしても否定はしない。
商売抜きでいえば、実際そうなのだから。

「食べてみたかったんですよね、えへへ」

手渡した菓子が駅で売っていたのはほんとうだが、ついでの駅ではなく、そこから2駅先の大きな駅だった。
効率的でない行動も、すべてはこの目の前で喜ぶ彼女の姿を見たいがため。
らしくない、なんて考えはとうの昔に捨てた。サラさんの幸福がわたしの幸福、つまり『割に合っている』からいいのだ、と今ではすっかり開き直っている。
もちろんそれを本人に悟らせるつもりはない。

「香るブランデー…わ、お酒も入ってるんだ美味しそう」

よほど嬉しかったのか菓子箱を手にちょこちょことついて回るサラさんのなんと愛らしいことか。
可愛、そう強く思うと一週間の天気が頭をよぎる。どこも快晴。嵐は来ない。そしてブレーキがきちんとかかる。
菓子の注意事項を教えたら、ひとつ食べてみたくなったらしいサラさんは箱を開けるとこれまた嬉しそうに感嘆の声をあげた。
口に含んだあとの顔をみれば味はどうかと聞くまでもなく。そうそう、そういう顔が見たかったある。

「食べてみてください!」

と、そこで差し出されて断った。さして甘い物を欲していない今は必要ない。そう思ったのだが今日のサラさんは少々強引だった。
おそらく共感してもらいたいからだろう、仕方がないサラさんねと言う通りにしようとしてふとサラさんのチョコをつまむ指先に目がいった。
溶けやすい、チョコを購入する際にみた注意事項のとおり、指から伝わる体温で溶け始めているのが見えた。
わたしのいたずら心がむくむくと湧いているのも知らず、サラさんはキラキラした顔をこちらに向けている。
そうなるとやるしかないね、となる。我ながら意地の悪い性格だと思うが、わかっていて結婚相手に選んだサラさんもサラさんだからね。

「…っ」

案の定、指先に舌を沿わせれば真っ赤になってはわはわとこちらを見返すサラさんに、すっかり満足してほどなく解放した。
チョコの味は正直ありふれたよくある店売りの味だと思った。だが足を伸ばして買ったきただけの価値はあった。十分もとは取れたね。

「ホアンさん…あの、」

いたずらの後は大抵その場で怒られるか夜におねだりされるかどちらか。この反応は後者よりだろうか?そうだとうれしいね。
ああそうだ、サラさんすっかりチョコを冷蔵庫に入れ損ねているねと代わりにしまおうとして、そういえばチョコは2種類あることを思い出した。
どうせ食べるなら開封したばかりの方が美味しいだろうとひとつつまんで差し出した。ついでにサラさんをからかうつもりでサラさんの真似をして。

「…」

『もうっ!ホアンさんてば真似しないでください!』
わたしの予想はこうだった。まさか真似で返されるとは思わなかった。
柔く暖かいサラさんの舌が、わたしの指先をちろちろと舐めてくる。それもこれ以上ないくらい、真っ赤な顔して。
視界と感触がサラさんの行為にすべて集中してしまい自分が今何をしようとしていたか後で何を企んでいたのかを瞬間的に忘れてしまった。
サラさんに感づかれてしまってはまずい。すぐさま頭を切り替えたものの、焦った彼女の問いにうまく返せる言葉を探すのに少しだけ時間がかかった。

結果怒りだしてしまったようだが、これはあれだ。今すぐおねだりがしたいという彼女なりの合図。
出会った時から変わらない、わたしを好いていることが駄々洩れなサラさん。
おかしさと愛おしさとでたまらない気持ちになって、つい声を出して笑ってしまった。照れ隠しで叩かれ地味に痛い。


さて、ここからどうやってサラさんに直接言わせようか。
夫婦の間で明確に決めたルールではないが、嵐の日以外はサラさん自身にその気になったと明言させる必要がある。
ここがわたしの腕の見せ所…ゲームのように楽しんでいることは絶対秘密だ。

「こ、こういうのもって…?」

わかりやすく戸惑い期待する彼女に、まずは期待どおりにしてあげようとわたしは再び指先に唇を寄せた。







2023/02/14 up
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